福岡の行政書士加藤清正です。当事務所は相続・暮らしの問題や、債権債務など、相談に親身に丁寧に対応します。

行政書士:加藤清正事務所

加藤清正物語

第1章
プロフィール


昭和21年、愛知県は名古屋市で生まれました。
父は山梨県大月市出身の精神科医、母はキリスト教徒の家に生まれました。父は生来病弱でしたが、船医を長く勤め、最後は東京船舶という船会社でインドネシア、香港を回っていました。母は父の女性遍歴を悩み抜き、私が幼稚園の頃精神に変調を来たし入院、後に父と離婚、失意のうちに亡くなったと聞いております。
昭和31年、名古屋から福岡に転居、直方市郊外の小竹町で継母、継祖父母と暮らしました。父は船医でしたから不在が多く、加えての女性遍歴のため家内に諍いが絶えず、父が帰宅すると離婚話、という有様でした。父との不本意な暮らしのなかで継母は私の成長だけを生き甲斐にしていた様ですが、私はといえば、2度にわたり大学受験失敗、継母は39才で世を去りました。
大学卒業後、父の縁でインドネシアの民芸品、古美術品の輸入を手掛けましたが、やがて広く雑貨の輸入、卸販売へと業務を拡大したものの債務超過、昭和55年に倒産しました。父は私の債務整理をいわゆる事件屋に依頼したことから、私自身が「夜逃げ屋」の世界に身を投じることとなりました。
振り返ってみれば、母の発狂、その母が残してくれた相続財産を巡る出来事、母や継母の父との懊悩、子としての軋轢など、業務風に言えば、「家事紛争」の真っ只中を生きてきたように思います。自身が世に出てからは、型どおりの零細企業経営者としての苦悩、そして倒産。振り出した手形の決済資金が調達できず味わった厳冬の身に凍みる寒さは今も忘れません。資金不足を告げる銀行からの電話、取引先からの督促、やがてヤクザの取り立て、監禁・・・。あれは一体何だったのだろうか・・・、ふり返って今もそう思います。
時代が昭和から平成へと変わる10年間、「夜逃げ屋」として、バブル真っ只中の不動産屋として時代に関わって様々な経験を重ねることとなり、やがて行政書士として開業いたしました。
借金、離婚、親子問題、経営問題、破産、倒産・・・、「芸が身を助ける不幸せ」などという言葉がありますが、まさに私の行政書士人生はその言葉を地でゆくようなストーリーになってしまいました。
今申し上げた数々の問題も、結局のところ、『暮らしと経営の問題』に集約されるかと思います。私一人の力で、どれ程のことができるかは未知数ですが、私自身の過去の経験と、今日までお手伝いさせて頂いた問題解決の足跡を生かし、相続問題、経営問題、債務問題に加え、今最も今日的課題である『経営再建・事業再生』に取り組むべく、事業再生士への道も歩み始めました。


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