福岡の行政書士加藤清正です。福岡県行政書士会会員。当事務所は相続・暮らしの問題や、債権債務など、相談に親身に丁寧に対応します。

行政書士:加藤清正事務所

メイン

日常のこと

今日一日の反省を込めて


ブログを開設して、もう何日経ったのでしょう。
あわただしい中で、お返事さえ十分にできない状態です。

一日を終え、今やっとパソコンに向かいました。
いえ、仕事では一日中パソコンには向かっていますが、
ブログを書くため、という視点では、「今日はじめて」
向かった、という状況です。

今日私が何をやっていたか、

まず、私が清算人をつとめる法人の債務に関する連帯保証人
から、保証債務の代位弁済に関する相談がありました。
債権者は国民生活金融公庫ーつまり「国金」です。
連帯保証人A氏は、担当者から督促を受けたが、主債務者に全く
誠意が見られず、何で私ばかりが請求されるのか、と債権者
への不満をこぼしておられました。
連帯保証人になってしまった場合には、代位弁済という問題は
避けることができません。
まず誠意をもって担当者と話すこと。次には具体的に解決策を
提示すること。
このあたりから私の出番になります。

次に、ここ半年ほど携わっている離婚問題の打合せを4時間ほど
やりました。既に調停が不調となり、いまは訴訟の最中です。
相談者は女性です(私はこう見えても女性の味方です)。
遠隔地の案件であり、親分(弁護士)はお出ましにはならず、
「本人訴訟」の形で進んでいます。
債務の問題もあり、いずれは親分にバトンタッチせねば・・・
と思っていますが・・・
何せ横浜の問題なので、大変です。
横浜には、当事務所の書生だったA君がB弁護士の事務所にいるので
もしもの時にはA君に頼むかもしれませんが、争点は親権の問題に絞
てきたようです。

次にまっていたのは、競売寸前に追い込まれた住宅ローンの相談でし
た。

会社の建て直しや債権管理などが私の仕事の主流ですが、
夫婦げんかの仲裁から自殺防止の話まで、あれこれと、何でも相談が
舞い込みます。一応弁護士は控えてくれていますが、皆様から見れば
私のように、少しボケっとしている位の人間の方が相談しやすいよう
です。

あわただしい日常ですが、誰かのお役に立っているのかも、と
思えば、やりがいはあります。これでお金がもっとあれば、
何も文句は言いません。
いまから、いつものように、多分当たらない「宝くじ」を
買いに行こうと思っています。いつも買ってますが、発表の後は
300円だけ銀行に集金に行くのが楽しみです(まず買わなけれ
ば、けして当たりませんから)。

今日はこれまで。

パソコン対決 怨念の一戦

最近命の次に大切にしていた東芝のルポの印刷機能が
破綻しました。

日々文書を作るのが私の仕事ですから、一瞬青ざめ、
よよと泣き崩れるしかありません。
そのような私を見て、我が事務所のスタッフは、ケラケラと
笑い出すような不謹慎な連中でした。

じつは3年前から、特売で買ったDELLが1台、私の机の上
には安置してあったのですが、全く手をふれることのないまま
つい最近まで、放置されていました。

ワープロが破壊されたため、ここ2ヶ月で、DELLが日の目を見る
ことになりました。

しかし、わたしの「デル君」はご主人である私の言うことを
ききません。
法人登記(会社の手続)の申請書がやっと完成、依頼者に手渡
した後でスタッフが爆笑、よく見ると、「有限会社」と書かねば
ならぬところが、「幽玄会社」となっていました。

以前には「有限怪社」と書いたこともありましたから、「有限怪社」
よりは、「幽玄会社」のほうが、私的には、なんとなく格調高く、
許せる気も、しないでもないのですが・・・

どっちにしても、お客様から報酬をいただける次元の話では
なさそうですね。

本日はこれにて・・・

カトちゃん行政書士ブログ開店休業のお粗末

カトちゃん行政書士ブログ開店休業の顛末
カウテレビの高橋さんのおかげで何とか開業したカトちゃんブログ
だったのですが、やはり悪いことはできないもので、ある日突然、
わがパーソナルコンピュター嬢は停止いたしました。天網カイカイ
疎にして漏らさず、というのは、このことです。
彼女に礼を尽くし、お世辞を重ねてゴマをすってみたのですが、
ダメでした。

パソコンがなぜ「嬢」なのか、何故女性名詞なのか・・・
深い訳はありません。私がそう決めたからです
だいたい、あたしゃパソコンが大嫌いで・・・、つい最近まで、
東芝のルポを生涯の伴侶だと決めていました。ところが、3人目
の後添いだった愛妻ワープロのルポ様は、突然プリント機能が停
止してしまいました。

で、泣きの涙で愛妻「ルポ」と別れ、再婚したのが「デル」のパソコンだったのです。
それで、やむなくわがパソコン嬢は入院、2週間の予定が長引き、本日めでたく退院しました。
無事ブログ再開にこぎ着けました。メデタシメデタシ。
では又

カトちゃんの和解日記 その2

カトちゃんの和解日記  その2

しかし最近は、世の中もだいぶん時代が変わってきました。
主人公のほかに、脇役が登場したのです。
そのひとりが行政書士です。

問題を解決するのに、裁判を起こすのは時間も費用(ほとん
ど弁護士費用)も大変です。また、裁判に勝ったからといって、
相手に支払能力がなければ、何の解決にもならず、「訴訟に勝
って喧嘩に負けた」ということになりかねません。

そこで、ケンカの相手とは、まず話し合いや相談で折り合いが
つくかどうか、考えてみます。裁判でなくても何とか解決出来
そうな問題ならば、話し合いで条件をまとめ、双方が納得する
かたちで契約書を作ります。
これが『和解』です。『示談』という場合もあり、ここで作ら
れる書類が「和解書」「示談書」です。

行政書士は、世の中の様々な事件、もめ事に際して、この『和解』
のお手伝いをするのです。わがカトちゃん行政書士も和解大好き
人間です。カトちゃん行政書士は、気が小さくて、おとなしくて、
モメゴト、ケンカが苦手なのです。

だからカトちゃんは和解が大好きです。

またまた続きます。

裁判員裁判模擬法廷傍聴にいきました

昨日、福岡地方裁判所で行われた、裁判員制度による模擬法廷の
傍聴に行ってきました。
いえ、特別に招待されたわけでもありませんが、勝手に応募して
行ってきました。でも、何と、手みやげ付きです。
もっとも中身は小さなハンカチとクリアファイルが1枚づつでし
たが、それでも、裁判所で、何かおみやげをもらうって、すごい
と思いませんか。だって、裁判所といえば、私なんか、簡易裁判
所で交通違反の罰金を払わされた経験しかないのです。

のっけから、地裁刑事部の松藤判事が扇子片手に登場、ます吉本
のノリでぶちあげ、法廷は笑いの渦。で、松藤判事が一言、
「お笑い頂きありがとうございました」

模擬裁判の様子については、テレビや新聞報道の通りです。

しかし問題は、あれだけの報道陣が集まっていたのに、この私に
インタビューしよう、とかカメラを向けよう、という真面目な奴が、
ただの一人もいなかったことです。こんなことでは日本の司法に
将来はありません。
帰ってからウチでそう言ったら、カミサンが一言、
「アホとちゃうか」
そしてもう一言
「サッサと寝れば?」

で、素直な私は、すぐ寝ました。

ではまた

本日もドタバタ

村上ファンドの村上さんが逮捕されました。

村上さんの行為や投資の善悪、是非は、私には
わかりません。たぶん、次回の抽選で予定通り
3億円があたれば、よくわかるようになるとは
思いますが・・・・。
一応、連番で10枚、3000円は投資してま
す。念のため、
でも、あたっても、誰にも言いません。カミサン
もそう言ってます。

しかし、
日本の権力構造は、ライブドアの堀江さんと同様、
新しい価値観の勃興を嫌っているのでしょう。

そうであれば、村上さんのバックにいるオリックス
の宮内さんも、規制改革の旗手ですから、既成権力
が嫌う人物の筆頭でしょう。
とても無事では済まないのでは・・・

この事件、今後どう展開してゆくか、注目してます。

閑話休題

やわらかい話をひとつ

この商売をやっていると、ヤミ金さんともお友達になります。
当事務所の「凄腕女性行政書士」である塚本先生など、東京
から西のヤミ金さんのアイドルです。
一度顔を見たい、という希望があちこちから寄せられ、近々
ネットでブロマイドを流す準備が進んでいます。

それで、あるヤミ金さんが、この前当事務所に遊びに来て、
ひどい債務者から、スッポリだまされた話をして泣いていま
した。
女房子供を抱え、ボクは一体どうしたらいいの、言ってました。
結構ホンネだったと思います。

帰り際に、あんな債務者はマグロ船に乗せてやる、と言って
いました。そんな映画みたいな話も本当にあるのかも・・・

1年くらいかけて、南太平洋からオーストラリア方面、まで
漁に行くそうです。

南太平洋の青い空と広がる太平洋。
何となく別天地が開けているようで・・・・

ついつい、私もその船に乗りたい、と言ってしまいました。

ある日又ブログが止まったら、そのときは、私は南太平洋
の沖合でマグロを釣ってるかも。
トロをたらふく食いたい人は一緒に船に乗せてもらいましょ

サヨナラ

ボクのメールは果たして無事届いたでしょうか

今「O弁護士」宛に個人再生認可確定証明願をメールしました。

無事届いたかどうか不安ですので、電話してみようと思います。
それでも無事届くかどうか、不安です。

やっぱりFAXでも送信しといた方がよいのではないでしょうか。
しかし、私が手にもっていくほうが、一番安心かも?

昔、電報を電線に結びつけ、ときどき確認に行ったけど、まだ
今日も、結んだ場所にぶら下がっているので、いつになったら
電報が相手に届くのだろうか、と郵便局に尋ねた人が本当に
いたそうです。

もっと昔、「郵便」を「垂れ便」と読んでしまった人もいた
そうです。その人がポストに一体何をしでかしたか。
私、今、昼ご飯を食べていますので、これ以上はいえません。

小規模個人再生で思うこと

お中元に おいしそうな桃が届きました。
小規模個人再生を申し立てたAさんからです。

Aさんは零細事業の経営者で、弁護士も司法書士も
再生手続の履行可能性を否定し、100%破産しか
生きる道はない、という見解で、私と意見が対立し
ました。

しかし本人は、自宅兼事務所を失いたくない、と悲痛な
決意で、何とか再生手続をしたい、と希望していました。

やむを得ず、本人申立で再生申立を行いましたが、何とか
認可決定にこぎ着け、3年がたちました。

その間、時には返済が苦しいこともありましたが、事業も
どうにか持ちこたえ、あと2年で債務も完済です。まだ結
果はわかりませんが、本人が仕事に情熱を燃やしている姿
を目にするとき、応援してあげて良かった、と思います。

法律家というのは医師と似ていると、いつも思います。
末期ガンの患者を救えるか、万が一の可能性に賭けて手術
に踏み切るか、大学病院の権威と医師としての情熱、患者を
思う真心、何とかして助けたい、という使命感・・・
「ブラックジャックによろしく」というマンガが大好きです。

法律の世界でも、同じこと。
裁判所の厚い壁、士業間の職域争い、弁護士の権威主義・・・、
一番肝心な、「主人公」はひとりひとりの依頼者であり、
悩み事を抱えた経営者、市井の人々だと思います。

久しぶりに美味しい桃を食べながら、そんなことを考え
ていました。

私には、そういう真面目な一面もあるのです。ホント

あわただしかったこの1ヶ月

 先月末からお盆をはさんで、この1ヶ月、
全く休みがありませんでした。まだ一段落、
とはいきませんが、緊急事態は脱したよう
です。
 久しぶりにブログを書いています。

 許認可ももちろんやっています。
 他にも、法人清算、破産、相続、民事再生
 個人再生、交通事故、不動産、資産管理、
ご用とあれば、いかなる要望にも応えること
が出来る事務所、というのが事務所のモットー
です。もちろん弁護士、税理士、司法書士、
社労士など、総合的なネットワークを有する
ことが当事務所の「売り」であることは、何
よりの強みです。

 この1ヶ月、一番心を砕いたのは、法人
経営者の自己破産申立です。法人本体は既に
昨年から管財人が破産手続を進めており、
我々サイドも弁護士2名、税理士1名、行
政書士1名のチームで手続を進めてきました。
 経営者個人については、費用の関係もあり、
本人申立で進めております。

 よく言われることですが、行政書士が裁判所
に関係する法律事務に関与することの是非は
大変難しい問題だと思います。行政書士が法律
事務についてブログに書けば、たちまち批判の
嵐に見舞われる、と行政書士仲間から警告され
ましたが、実際には、私が訴訟代理以外の裁判
所、家庭裁判所実務に関与していることは周知
のことですから、あえてこの問題を避けようと
は思いません。

 その立場から言わせていただければ、実際に
行政書士が裁判所に関与することは、不可能と
は申しませんが、正直、大変難しいことだと思
います。
 どういった点から、私がそう考えるか、につ
いて述べるには、ブログ上だけでは難しいと思
いますが、一言で言えば、行政書士会自体、或
いは日本行政書士会連合会自体が意識改革しな
いかぎり、いわゆる司法参入は不可能だ、と思
うのです。

 個々人の資質を問題にする人もいますが、そ
もそも資質や能力などというものは、多分に後
天的なものであり、涵養可能です。又、能力担
保と言っても、行政書士全員が裁判所に行くこ
とを想定する必要もないはずです。

 最近、福岡県行政書士会では福岡家庭裁判所
の要請で、参与員を選定し、家裁に送り込んだ
らしいのですが、現実に実績のある会員が選定
されたわけではありません。
 選定された行政書士が、メールかブログで、
「裁判所というところに初めて行きました。大
変勉強になりました」という旨の文書を書いて
いた、という話を聞きました。真偽のほどは分
かりませんが、少なくとも、私たちの仲間の実
務家から選定されなかったことだけは事実です。

 まあ、未経験の物見遊山でも、あえて無意味
とは言いませんが、やはり司法参入を真剣に検
討している組織の行う決断ではなかったでしょう。

 一時期、個人の自己破産申立に行政書士として
関与することがクローズアップされ、私自身、
全国あちこちでの研修会に出向きましたが、上記
のような問題だけでなく、様々な観点から、結果
には満足していません。

 たとえば、業務広告の面からは、以下のような
問題があります。
 

 福岡では特定の司法書士が一般紙に広告を連日
のように掲載し、個人の自己破産業務を軸に事業
展開していますが、新聞を媒体にした自己破産に
関する広告を最初に開拓した私としては、実に複
雑な心境です。

 何年前になりますか、行政書士の広告に司法書
士会、あるいは特定の司法書士個人からクレーム
が寄せられ、権威と権力に従順な行政書士会が、
唯々諾々、この要請を受け入れ、行政書士の業務
広告を禁止しました。
 その結果、業務広告に関しては乗り遅れた感の
あった司法書士が、劣勢を見事に挽回しコマーシ
ャル面における絶対的な地位を獲得しました。
 行政書士に対するクレームの趣旨は、業法上の
資格問題だけでなく、過度の広告が破産を助長す
る、ということだった点から考えれば、行政書士
広告亡き後の現況が、破産を更に助長している現
況をどう考えればいいのでしょう。
 司法書士ならば、適法資格者だから破産の助長
でなく、債務者の救済になるのだ、という論理で
しょうか。
 あえて司法書士会にクレームをつけている訳で
はありません。行政書士会に、司法書士会と正面
から論議を構える姿勢がなかった事を残念に思う
のです。

 そもそも行政書士会の存在意義、或いは目的の
第一は、行政書士の取り締まりにあるようです。
 たとえば一般市民から寄せられたクレームにつ
いて、関与した会員を擁護した、という話は聞き
ません。まず問答無用で切り捨て御免です。私も
一度クレームを持ち込まれた経験がありますが、
会では電話による申し入れでなく、事務局に出頭
の上、正式な懲戒請求を行うよう相手方に促し、
その結果私は綱紀監査委員会なるものに呼び出さ
れました。しかも、秘密会であるはずの会議の内
容が、更に尾ひれがついた内容となってインター
ネット上に掲載されました。もちろん匿名ですが、
見る人が見れば、内容が私に関するものだ、とわ
かるものでした。

 どうも論旨が若干感情的? になり、とりとめ
がなくなってきましたから、冷静になって、又続編
を書きますが、行政書士の未来を論ずる前に、論
ずるに足る行政書士会を構築することが肝要です。

 銀座の寿司屋でひとにぎり数万円の寿司をつまみ、
高級クラブでタダ酒を食らうことしか頭にないよう
な連合会の認識を打差しないかぎり、行政書士に
未来はないかもしれません。

 では又。

行政書士と司法改革

行政書士と司法改革
総合法律支援センター(法テラス)も始動し、
裁判員制度も具体化しています。
いよいよ司法改革も熱を帯びてきました。
わが行政書士会でも、ニュージランド・オーストラリア
のADR実情視察に向かったそうです。
なんと、わが福岡会のU会長と、神奈川方面で車と不動産を
手広く扱ってるYさんが全権大使です。
U会長は連合会の副会長、Y氏は政治連盟の幹事長だそうです。
U会長は人も知る自動車登録の大物です。
ついに時代は大きく変わった
U会長やY先生まで司法参入に大車輪のご活躍
すばらしい、と思いました。
福岡県行政書士会の会報に視察の写真が掲載されました。
なんと13枚も。
大使館や大使公邸でのレセプシヨンや握手写真、記念撮影。
今回は公式行事で多少忙しすぎたのでしょう。
でも、大丈夫、
時代はきっと変わるのです。

どっちに行くのか、わかりませんが。
そのうち何とかなるでしょう。

ついにホームページとインターネットテレビに挑戦?

ついに、高橋さんのカウテレビに登場
する日が近づきました。
おととい、高橋さんがうちの事務所
に来訪、ビデオ撮影をすませました。
11月には準備完了、ということですから
12月には何とかお目見えできそうです。
先輩の堀内弁護士や、ほかの皆さんに
負けないよう、がんばります。

ホームページ開設とインターネットテレビ
もう、何というか、無茶苦茶かも・・・

そもそもパソコンとは全く無縁のカトちゃん
が、ついにインターネットデビューですから
行政書士会がオーストラリアにADR視察に
行くより、ずっと凄いことないですか、ホント

こわいもの見たさ、で皆が殺到したら どうしよう。

資金繰りはたいへんだ

今日はなぜだか、大変な日です。

先ほど、顧問先の社長から電話があり、今月末の
手形が決済できない、と、訴えてきました。
早速来週初めから打開策を講じなければなりません。

そしたらその後、別の顧問先から、売上金の回収が
できなくなった、という電話が入りました。
得意先が電話にも出ず、社長の行方がわからない
そうです。

今また電話があり、長いつきあいの社長から資金繰りの
相談がありました。

皆、会社の経営には、並々ならぬ苦労をされています。
私がお手伝いをしたからといって、必ずよい結果に
結びつくとは 言い切れませんが、でも、
そのなかでも最前の方法を見いだし、何とかお手伝いを
させていただくつもりです。

世の中、弁護士だから、裁判所だからといって、
絶対でもありません。
それでは○月○日の何時何分から相談を聞きまし
ょう、と言われても、相談者にも都合があるでし
ょうし、エライ弁護士先生には思い切って何でも話す、
という訳にもいかないかもしれません。
その点、カトちゃんなら、大丈夫・・・と思ってくれ
ているのかも。

いいのです。カトちゃんは打たれ強くできていて、
何でも話せるオッチャンなんですから。

相談を受ける ということ

相談を受ける ということ

この仕事をやっていると、一日に何件かの相談を受けます。
どうかすると、一日中いろいろな人のお話を伺っていることも
少なくありません。
私は思うのですが、人の悩み事の相談を受けるということは
大変に重いことです。

でも、あちこち相談に行かれたかたのお話を伺っていると
そうは受け止めていない先生が、意外に多いのではないかと
思ってしまいます。
相談者の複雑な思いや事情を全く考慮せず、簡単に『破産』とか
『再生』とか安直に押しつけたり、詳しい資料や契約書を持参
しているのにちゃんと見てくれなかったり、相談者よりずっと
若い先生が、相談者を見下したようなしゃべりかたをしたり、
年輩の先生だと、相談者を押しつけるような威圧的な話をする・・・
説明しようとしても、ろくに話も聞いてくれなかったり・・・
弁護士でも司法書士でも、バッジを光らせたエライ法律家
なのかもしれませんが、所詮他人様からお金をいただいて喰っている商売
ですから(もちろん私も含めて)、やはり言ってみれば『人気商売』
だし、相談者や依頼者があってナンボのお座敷芸、と言っては言い過ぎ
ですが、相談者は大切な『お客様』だと思います。
尊敬する中坊公平先生がいつもおっしゃっていました。
『弁護士はお寺さんの門前に並んだ土産屋みたいなもの。弁護士報酬は
お坊さんのお布施のようなもの』
中坊先生を好きな方も、嫌いな方もいらっしゃるでしょうが、先生の
この考え方に、私は共鳴します。

私は行政書士です。行政書士が法律家かどうか、最近弁護士会と
行政書士会でもめてるそうですが、そんなことはどうでもいいのです。
私にとって、人様の相談を伺う、という事は、単に問題解決のノウハウを
教える、ということではなく、その人の人生そのものを受け止めることだ、
と思っています。
私に話したことで解決の方法が見つかる、というだけでなく、
『話して良かった』という安心と、『生きる』という事に対する
大きな自信や希望をおみやげに持って帰っていただくこと・・
これが私の使命だと、そう考えています。

そのためには、私自身が健康で、元気で、明るくなくなければいけない
いつも、そう思っています。

最近思うこと

私のような仕事をしていますと、「人の死」 という出来事と、どうしても身近になります。
「生まれ出る(いずる)苦しみ」などという言葉もありますが、「誕生」という表現には
「死」という言葉ほどの切実な響きはありません。そのように思えます。

誰の作か すっかり忘れていたのですが、人間いつかは死ぬとわかってはいたけれど
それが今日のことだったとは 思わなかった、という句がありました。
最近ずっと気になり、あれこれ調べていたのですが。やっとわかりました。

「つひに行く道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思わざりしを」

いかがです。
何と味わい深い(?)句ではありませんか。
作者は 誰あろう 在原業平でした。
蛇足ながら・・・好きな句を もう一つ

「手に結ぶ水にやどれる月影の あるかなきかの世にこそありけれ」
紀貫之です。
こちらは、掛け値なしで、美しい句ですね。

限りある命です。一日一日を 大切に生きてゆきたいと思いませんか。

呉服町のご隠居 こと 清正


谷中の筆や

先日、我が配偶者とともに浅草に出かけ、夕刻から
谷中のレストラン 「筆や」に行きました。
所は谷中霊園のまっただ中、折しも雨・・・
でも、噂に違わず、妻とふたり、至高のひととき
でした。
おいしい、と聞いていたビーフシチューは勿論
なかなかのものでしたが、ごくごく小さなお店に
アットホームなもてなし、細々と配慮の利いた
お店です。 又行こう・・・、今度は美人の○○
を連れて。
(○○は どうか イヌ、か ネコ、と読んでください、
世界平和の為に・・・)

帰途、雨の中、タクシーはこないし、バスもこない
妻と二人、谷中の墓地で一晩さまよい続けるのか、
と覚悟していたら、やっとタクシーが通りかかり、
乗せてもらいました。 ご愛敬・・・

呉服町の隠居  独白

敗軍の将 兵を語らず

「敗軍の将 兵を語らず」という言葉があります。
戦に負けた将軍は、人に問われても、軍事や用兵について
自説を語らない、という言葉で、敗軍の将たる者のあるべき姿
を示している言葉として よく知られています。
しかし、事実は そうではありません。
中国で群雄が割拠していた昔、捕えらえた敗軍の将に勝者の将軍
が 用兵の妙、勝利の要諦について尋ねた際のこと、彼は「敗軍の将」
である、として、頑として語ろうとしなかったところ、勝者の将軍は、座を
低くして教えを請い、ついに語った敗者の言葉をもちいて、勝者の将軍
はさらなる大勝利を得ることができた、という話です。

つまりは、「敗軍の将」は兵を語るべきでない、という意味ではなく、「た
とえ相手が敗軍の将であっても、敢えて真理を求めるべきである、との
深い言葉だと思います。
依然博多の丸善で立ち読みしたことわざ辞典に そう書いてありました。
どこの出版か、すっかり忘れてしまい、その後、どこの本屋を探しても
そのことわざ辞典は 見つかりませんでした。
どの本にも、単に「戦に負けた将軍は、人に問われても、軍事や用兵に
ついて自説を語らない、という言葉」としか書いてないので、淋しく思っ
てました。

ところが、先日神田の古本屋を物色していたら、旺文社のことわざ辞典
に、私がかつて読んだとおりの解説が出ていましたので、感激の涙を
ぬぐおうともせず、なけなしのカネをはたいて 購入しました。
因みに 2500円でした。
何と、厚さが10センチちかくもあり、重たいのです。
神田から銀座経由で新橋まで(歩いて)
たどり着いたときには 腕の感覚がなくなっていました。
知的好奇心を満足させるために必要なのは、お金と体力ですね。
色男、カネとチカラは なかりけり・・・
私はつらいところです。
因みに、
大男 総身にチエは まわりかね・・・
なんていうのもあります。
私は90キロを超えてしまいました。スミマセン。

呉服町のご隠居


敗軍の将兵を語らず  その2

敗軍の将は兵を語らず その2

この前書いたお話しの続編
「敗軍の将」とは中国、戦国時代、漢に破れた趙の軍略家であった広武君。広武君に兵を問うたのは、漢の武将韓信です。韓信は敗軍の将である広武君の縄を解き、敗軍の将は兵を語らず、とする広武君を軍師として敬い、広武君は韓信の熱意に動かされ、ついに策略を語ります。韓信は、この軍略を用いて燕と斉を滅ぼしました。リーダーたる者、いかにして「敗軍の将」に兵を語らせるか、これがこの言葉の真意です。もっとも、普通の「敗軍の将」は、「言い訳」や「弁解」しか語らないでしょうから、一番大切なのは、リーダーの「人を見る目」なのでしょうね。私が神田で見つけたのは、旺文社の「成語林」です。このブログの出典も、当然「成語林」(1992年版、882ページ)です。韓信といえば、「韓信の股くぐり」という言葉があり「背水の陣」は、彼が広武君を破った戦での言葉です。さすが、中国の歴史は奧が深いですね。

呉服町のご隠居

敗軍の将兵を語らず・・・その後

敗軍の将は兵を語らず その3

もうひとつ、いきます。
「甘水先ず竭く(かんすいまずつく)」
良い水の出る井戸はみんなが汲むので、すぐに枯れてしまう、という意味で、才能のある者は皆から重宝がられ使い減らされて、早く衰える、ということです(「成語林」1992年版、253ページから引用)。
つくずく、凡人として生まれてきたこの私の身の幸せをかみしめています。やっぱり中国は奧が深い・・・。
決まりました。今夜の食事は中華料理です。それも、博多は六本松の「ニイハオ朋友」。これに限ります。♪「ニイハオ朋友」のお話しは、又次の機会に・・・

呉服町のご隠居

ネコの話で・・・恐縮です

行政書士加藤清正事務所(福岡)

今朝5時頃、我が家の飼い猫(オス 氏名加藤チッチ 通称アカ)が散歩に行く、
というので玄関から表に出してやりました。

このネコはご近所に大変顔が広く、毎朝ひととおり挨拶にまわることを日課にし
ております。
で、5時30分頃、いきなり表でどこかのネコがケンカしている大声が聞こえてき
ました。あわてて外に出てみますと、白ブチのオス猫(年齢 氏名不詳 通称テ
ンチャン)が、我が家のチッチをいたぶっているではありませんか。

私としては、テンチャンを厳しく説得し、平和の大切さを教えたのですが、問題
は、テンチャンという奴は、飼い主から捨てられ、とりあえず住み着いていた愛
猫家のご夫婦も最近引っ越してしまい、以後は私の家で三食昼寝付きの余生
を送っているネコなのです。

人間ならば、面倒を見てくれている家の子供や家族を朝っぱらから殴ったり蹴
ったりはしないものです(普通は)。テンチャンは、その後何事もなかったように、
朝ご飯を食べてました。
私は、動物たちの この天衣無縫さが 大好きです。

日頃 様々なしがらみの中で、気を遣い、お世辞をいいながら、何とか世過ぎ
見過ぎをたてている私からみれば、なんとおおらかな人(?)生なのでしょう。

ネコばんざい、イヌばんざい、彼らに栄光あれ、そして、等しく明日のゴハンに
めぐまれますように。

呉服町のご隠居 独白

筆者プロフィール

キャロル キッドのこと

昨日、FMを聞いていたら、とてもすてきな曲
が流れました。
もともとジャズもクラシックも縁がない、無教養
な私ですが、ピアノの弾き語りで しっとりと
流れる甘い歌声に、思わず引き込まれてしま
いました。
DJの話で、それはキャロル キッドの歌声だ、
ときいて、早速今日ヤマハに行きましたが、
既に廃盤になっているそうで、残念でした。
たまに、柄にもないことを考えると、ズッコケ
ます。
別に 今更恋にも、芸術にも 目覚めたわけ
でもないのですが・・・・

呉服町のご隠居

想い出

ちょっと前のお話ですが、鈴木聖美のステージに
いってきました。たまに行くライブハウスですが、
あまり広くないので、じっくり聴くことができ、
とっても素敵な夜を過ごしました。
今も変わらないダイナミックな歌声。
あの名曲「TAXI」のイントロが流れた瞬間、
封印していた甘酸っぱい想い出が、昨日のことの
様に胸にあふれだし、涙が止まらず、困ってしま
いました。
夜更けのカウンターで口ずさんだ別れの想い出、
もう何年も、ながいながい時が経つのに・・・、
今も元気でいるのでしょうか。
私の心の中の、大切な置きみやげです。
たまには こんな話もあります。

呉服町の ご隠居でした。

大倉集古館のこと

先日、大倉集古館にいきました。
今年が第1回となる新日本刀、職方の展覧会があり、参観に行ったのです。
現代刀(現在製作されている日本刀)や、研磨、鞘、拵などの総合展覧会
です。
そもそも上京したのは、事業再生士試験受験のためなのですが(現在私は
事業再生士補です)、展覧会が目的なのか、受験が目的なのか、実は、
わからない、というのが本音で・・・。
展覧会もすばらしかったのですが、もう一つ楽しみは、国宝の「普賢菩薩像」
に会えることでした。大倉集古館の静謐の中で、周囲の空気を払って鎮座
する「普賢菩薩像」には ただただ感動致しました。
私たち(特に私)は、日常の雑事に追われ、喜び、悲しみ、苦しみ、怒り、絶望
一瞬一瞬の心のざわめきのなかで一喜一憂する、その愚かさを見透かされた
気がいたしました。
長くも 又短くもある 人それぞれの「一生」を どう生きるか・・・どう覚悟する
か・・・。人は皆、生まれもった使命、この世でj果たすべき目的があるはず。
日蓮が謂うところの 「出世の本懐」 があるはず。
日常、ただ形のない、漠然とした不安や絶望にさいなまれる日々を乗り越え、
力強く生きて、もし私にも、与えられた使命があるならば、その目指す方向に
向け、自分らしく生ききっていかねば・・・、あらためてそう思った一日でした。

久しぶりのブログです。


「氏」や「名」の変更ー家庭裁判所手続(1)

行政書士加藤清正事務所(福岡)

思い切って、名前を変えました。
清正 ーーー 清允  です
ただし、読み方は 同じ「キヨマサ」です。

私は、子供の頃から 名前コンプレックスに悩まされてきました。
何せ「加藤清正」ですから、学校でも、どこでも、「加藤清正お馬
に乗って ホイホイホイ・・・」などとはやされ、大人になってから、
特に事業に失敗して タクシーの運転手をしたり、あれこれやって
いた頃、「加藤清正 などと 立派すぎる名前を付けられて 名前
負けした」と いつも言われていました。
成人してから、自分で家庭裁判所に出向き、名前の変更手続きを
やりましたが、結局、「親にもらった名前を大切に・・・」と諭され、
あきらめた想い出がありますが、まさか、後年、今のような立場で
仕事をするようになるとは、思ってもおりませんでした。
今の事務所を開いてからは、お客様の依頼で、家庭裁判所で氏や
名の変更手続きを 行いました。

筆者プロフィール


「氏」や「名」の変更ー家庭裁判所手続(2)

行政書士加藤清正事務所(福岡)

氏名の変更は 人生にとって、又社会的にも大変重要な
ことですから、簡単に認めてもらえるとは限りません。
むしほ、できない、という方が あたっていると思います。
しかし、一定の条件をクリアすれば、変更も可能です。
たまたま 私は自分の経験がありましたので、名前の
変更手続きについては ウルサイですよ。

閑話休題・・・
ただ、今回の 自分の「キヨマサ」については、無論、
家庭裁判所をとおした、正式な変更ではありません。
いわゆる 通称 として 「清正」でなく、「清允」と称する
ということです。

私は、やはり歴史上の人物のコピー として 最後まで
生きてゆくことには 抵抗がありました。私が生き、語り
やがて死んでゆくまで 結局 加藤清正 では、むなしい
と思ったのです。

ただ、命名した親の心を思うと、必ずしも 「清正」を
否定できるものではありませんでした。

しかし、今還暦を過ぎ、この先の人生は、親の与えた
生き様でなく、自分自身の「天道」に生ききってみたい、
と、そう考えました。
そして、そのとき、「允」という文字が、霊示されました。
つまり、インスピレーションです。

そういうことで、どうか 加藤清允を よろしく・・・。

以上 改名の顛末でした。

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“資金繰り”のお話し

行政書士加藤清正事務所(福岡)

山田洋次監督の あの名画「寅さん」、大好きでした。

主役の寅サンは別格として・・・、印象に残っているのは初代オイチャン(森川
信)です。オイチャンが頭を抱え,『馬鹿だねえ、アイツはホントに馬鹿だねえ』
と呟くと、何だか私自身が父からしかられているような気がしたものです。
また、隣の印刷屋のタコ社長も、何とも捨てがたい魅力がありました。汗を拭
き吹き、手形が落ちない、と言ってはカバンを抱えバイクに乗り、銀行に掛け
合いに行く、いかにも零細企業の社長の悲哀が伝わります。資金繰りに目処
がついたタコ社長は、キットその夜、家に帰って、一人冷たいビールをキュッと
飲み干したことでしょうね。私も若い頃、資金繰りに苦しんだ想い出があり、今
でも「蓄財」とはトンと縁のない身。 とても人ごととは思えません。

ところで、「多重債務者救済」と称して、金利を大幅に下げ、借入の年収制限
や、無収入の妻への融資には夫の同意が必要、などと世間では賑やかです。
『腎臓売れ』で勇名を馳せたノンバンクも、ほとんどつぶれてしまいました。
確かに、借りたくても借りるところがない、或いは貸してくれるサラ金がない、
という環境にはなりましたね。でも、これで多重債務者は本当に救済されるの
でしょうか。大阪府の橋下知事は金融特区構想を提唱してますが、一体どうな
るのでしょう。
タコ社長にも 今度ぜひ意見を聞いてみたいですね。

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道に迷う といふこと

行政書士加藤清正事務所(福岡市)

よく私は、自分の「立ち位置」を識る、ということを考え、悩みます。
「識る」とは、単に「知る」という言葉より、深い意味で、認識する
というか、識別する、悟る、という雰囲気に近いかも知れません。
その意味で、経営者として、人間として、今自分の事業が、人生が、
今どのような位置にあり、今何を為すべきか・・・。

心に平常心が保たれ、安穏を脅かす心配事、悩みのないときには、極
めて冷静に自己を見つめ、事業にも積極的に挑戦してゆくことができ
るのですが、心に迷いが生じ、気が萎えたとき、一体自分が、今どの
ような場所に立ち、どこを目指しているか、何をすべきか、何をして
はいけないか・・自分の「立ち位置」がわからなくなってしまいます。

かの良寛は吟じました。
過去巳過去  過去は すでに過ぎ去り
未来尚未来  未来は 尚未だ来たらず
現在復不住  現在は またとどまらず
展転無相依  展転して 相依る無し

吟詠は続き、『窮め窮めて 無窮にいたらば、始めて 従前の非を知らん』
と結ばれますが、私など、とても良寛の域には及びません。
無益な拘りを捨て、雑念、妄念を捨てて、中村天風師の世界に近づきた
いもの、と思います。

筆者プロフィール

恋に恋する

行政書士加藤清正事務所(福岡)

人が人を恋する、愛しいと思う心は何とも言えず心地よい
客観的にはどうあれ、少なくとも私にとっては心地よい
それまで 何ともない ただの他人だった人が、ある一瞬から
この世で唯一無二の存在になる、愛しくて、名を聞くだけで胸が苦しくなる
そんな心の変化が狂おしいほどに心地よいのだ。
「惚れる」というほど仇っぽくなくて、ただよう清潔感が虚しくて、
夢に思いのまま押し倒して目が覚める理性の愚かしさ
ほとんどの場合、というか、まずもってほぼ100%、その心が
相手に伝わることはないのだけれど・・・、私の場合。
久しぶりに啄木をひもといてみた。

時として
君を思へば
安かりし心にわかに騒ぐかなしさ

かの時に言ひそびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど

わが酔ひに心いためて
うたはざる女ありしが
いかになれるや

嗚呼

筆者プロフィール

この人を忘れない

行政書士加藤清正事務所 福岡

今日は難しいこと(相続放棄)を書きましたので、
少し 心の整理の意味で、こんな話をいたします。

昭和21年、シンガポールで戦犯として刑死された
木村久夫という方がおられます。
京都帝国大学 学徒として戦場に立ち、敗戦後
上官が起こした捕虜虐待の罪で処刑されました。

その木村さんが死に臨んで残された辞世の句が
あります。

* 音もなく 我より去りし ものなれど 
      書きて偲ぶびぬ 明日という字を
* おののきも 悲しみもなし 絞首台
      母の笑顔を 抱きて ゆかなむ
* 南(みんなみ)の 露と消えゆく命もて
      朝粥すする 心かなしも

私は10年以上昔、NHKのラジオで この木村
さんのことを知りました。ラジオから流れる辞世
の句を聴き、涙がとまらなかったことを覚えてい
ます。

人が人として どう生きるべきか・・・
私は どう生きるべきか・・・
この混迷の時代に 一体何をなすべきか・・・


高知県の猪野沢温泉に木村さんの歌碑があるそうです

筆者プロフィール


それにしても雨

以前、元総理の細川さんにお目にかかる折があり、揮毫をお願いして、
「明日は御座なく候」と書いていただきました。自宅の座敷に掛けて
自分の座右の銘にいたしております。明日はない、今日しかない、今
しかない、という箴言ですが、実際にはなかなか、言葉通りにはまい
りません。そんな時に自分を慰める こんな言葉を 自分の書斎には
かけております・・・「今日は今日 あらん限りは飲み暮らし 明日の
憂いは 明日ぞ憂へむ(大隈言道)」
何といい加減な私なのだろう、と自分で感心してます。

何でも、プラスもあればマイナスもあります。自分という存在は同じ
でありながら、考えることは毎日日々、右へ行ったり、左へ行ったり
上ったり、下ったり・・・人は皆、そのような存在なのではないかと
思います。
自分は自分らしく、天から与えられた一本の道を、触れ合った皆様から
勇気をいただきながら、進んで参らねば、と思う毎日です。

それにしても、毎日 雨がやみませんねえ。

あっちむいて ほい

真田広之主演の映画『亡国のイージス』で「進むべき
道を見失った国に守るべき未来はあるのか」 といった
意味のフレーズがあり、今も心に残っています。
最近の消費税税率アップをみていると、この言葉が
心に浮かびました。

ヨーロッパの実情や現在の財政状況をみれば、私も
消費税の税率アップは避けられないだろうと思っています。
ただ、野田さんの口から「(消費税アップを)決められない
政治からの脱却は国民の思い」だとか、「やるだけのこと
(増税)はやりきってから国民の審判を仰ぐ」などと言われ
ると、この政権に一国の未来を託してしまった愚かさが悔
やまれます。
そもそも「増税」という言葉を一切使わず『社会保障と税
の一体改革」などと、オブラートに包む発想はいかにも官
僚的で、聞くたびにイャーな気がいたします。

鳩山さんも、菅さんも いろいろ批判はありますが、多分
それなりにがんばったのだろう、という部分はわかる
気がします。大震災と原発事故で菅さんは批判を浴びまし
たが、人にはそれぞれの『器』があるわけで、これはやむ
を得ないのでしょうね。民主党が政権をとった、という既
定事実を是認する限り、これは批判、評価の外の問題なの
でしょうね。

石原都知事が絶対正しい、とは私も思いませんが、あの
強い言葉にある種魅かれる自分が怖いな、と思います。

政治向きのお話には賛否があり、「あぶない、あぶない」
と思いながら、ついつぶやいた今日の加藤でした。

不識天月 但鑑池月

仏教の教えに「不識天月 但鑑池月」という言葉があります。
人は中天に輝く月を見ることなく、池の水面に映った月の姿
のみを見て、これを月の姿だ、と思い込んでいる。水面に映
った月の姿が吹く風に揺らぎ、波にさざめく、その様を見て、
心に不安を生じさせ、漠たる悩みに心を曇らせるが、面を中
天に向け、しっかり眼を開けば、真実の月は大空に輝いている。
人はただ、月の真の姿を見失い、自分の心のみを己の判断の
よりどころとして不安におののいているだけなのだ、という
言葉です。
私なども、所詮ちっぽけな自分のカラに閉じこもり、日々悩み
苦しんでいるのかもしれないなあ、と反省させられます。
心していきたいものと思います。

無題

先日、拙宅の飼犬が近所のあぜ道で 舞い降りたシラサギと 何か話をしている
ような そんな光景を見ました。その風景を材料に、掌編小説を書いてみました。
まだ題を決めてませんので、「無題」ということで 掲載してみます。あくまで
創作ですから、真剣にお読みいただくと恐縮するのですが・・・


 その頃母は精神を病みバスで三駅程の病院に入っていた。もとより父母は不仲である。女癖の悪い父の性癖が母の病の原因だった。母は叶わぬ父への愛を私に向けることで生きがいを見出していた。幼かった私も父よりむしろ母を慕っていたと思う。
ある日私は母恋しさにひとりバスに乗り母のいる病院に向かった。もとよりバス賃の持ち合わせがあるわけでもなく、父がいつも金をしまっている箪笥の引出しから千円札を持ち出したのだが、病院に行ったとて母への面会がかなうはずもなく、バスの車掌から手渡されたはずの釣銭まで紛失する始末に、帰宅した父からひどく叱られた。
「父ちゃんに内緒で母ちゃんの病院に行ってどうするつもりだ。そんなに会いたきゃお前も一緒に入院してしまえ。おまけに黙って箪笥から千円も持ち出して、泥棒とおんなじじゃないか」
 息子が母会いたさに無断で金まで持ち出したことは父にとって許しがたい思いだったに相違ない。返ってこない千円札もきっと痛かったであろう。町役場に奉職する父の俸給が一万円に毛が生えた程度の頃の話である。
 私はただ泣くしかなかった。
 翌日、父は子犬を連れ帰った。
 「真知子おばさんのところで生まれた犬だ。お前が可愛がってやれ」
 父の妹真知子の婚家に飼われている柴犬を何かにつけ私が可愛がっているのを父も知っており、産まれた柴犬の子を譲り受けたという。私はチビと名付け、起居をともにして可愛がった。チビは母の居ない無聊をかこつ最良の友であり、物言わぬ瞳で見つめるチビに私は母をさえ感じていた。チビとの散歩は私の日課となっていった。
 ようやく炎暑も和らぎ涼風が青くこうべを垂れ色づき始めた稲田の上を吹きわたる午後、私はチビを連れて散歩に出た。チビは先に立って首に結ばれた紐でむしろ私を引っ張るように尾を振りながら走ったが、道路を横切り、右に曲がって嘉麻川の堤防沿に二十メートルほど進んだとき、足元の石に躓き、私は思わず手に持った紐を放してしまった。『無二の友』とはいえ子犬である。チビは嘉麻川の堤防をたちまち駆け下り、稲穂が風にそよぐ田の畔道を走り去った。私も後を追ったが所詮小学生の叶う相手ではない。チビは百メートルも先をかけてゆく。
 チビはこのまま私の許から走り去ってしまうのではあるまいか。
走り去るチビの姿が母に重なり、私の愛するものすべてにも思えた。チビが行ってしまう、母ちゃんが行ってしまう。みんないなくなってしまう、私は駆け下りた畔道にしゃがみこんだ。
 そのとき、空を舞っていた白鷺が一羽、走り去るチビめがけて舞い降りるのが目に入った。犬が鷺やカラスを追いたてる姿はよく目にする。しかしこんな光景を見るのは初めてである。
 チビも足を止めて舞い降りる白鷺を見ている。
と、畔道に降り立った白鷺は二歩三歩チビに近づくと長い首をかしげ、チビを見下ろしている。チビも白鷺を見上げている。チビと白鷺の距離はほんの一メートルあっただろうか。数秒か、十数秒か。白鷺がチビに何か語りかけている、私にはそうとしか思えなかった。
 やがて白鷺は翼を広げ、大きく羽ばたいて暮れなずむ青空に飛び去り、チビは私に向かって猛然と走りだし、畔で座り込んでいた私の許に戻ってきた。
首をかしげチビを見る白鷺と見上げるチビの姿は数十年経った今も私の心の印画紙にくっきりと焼き付けられ、色褪せることはない。
 母の病が癒えることはなく命を終え、父は再婚した。その継母にはなじめないまま、チビだけが私の友であり安らぎだった。チビは長く生きたが、年を経て足腰が弱り、目や耳も不自由になって、私が東京の大学に進学し家を出ると間なしに死んだ。
 やがて父も継母も世を去り、私は長く勤めた会社の定年を迎えて実家に戻った。
 今、かわらずに舞遊ぶ鳥たちや嘉麻川のせせらぎ、晴れ渡る青空に浮かぶ雲を見る折々に、チビと白鷺の、あの日の光景を昨日のことでもあるかのように思い起こしている。
                                  
                                 了